仕事は苦しく辛いもの。仕事なんだから、会社員だから…と毎日しんどさをこらえながら働いていませんか?
仕事に対する価値観は人それぞれですが、「仕事は本来楽しいものである」というのが僕の持論です。
一生の3分の1以上を過ごさなければならない仕事です。3分の1は寝ています。3割楽しいそこそこ人生と、6割楽しい人生に分かれてしまうなら、選択肢は誰だって1つのはずです。
大学を卒業してから、飲食店→単純労働→インフラ企業で営業と事務を両方経験して学んだことがあります。
それは、
- 収入(経済的な豊かさ)
- 生きがい(精神的な豊かさ)
- コミュニケーション(人間関係)
- 社会貢献(利他精神)
この4つのバランスが崩れると、人は仕事を楽しいと感じられなくなるということ。自分にフィットした形に、仕事と自分を変えなければなりません。
でも、人に雇われているという会社員の立場で、全てを変えるなんて無理な話です。綺麗事じゃなく、会社は経営者のものであり社員のものではないという厳然たる事実があります。
じゃあどうすればいいのよ…と悩んだ結果、僕の場合は独立起業という道を選択しました。
もちろん起業した経験なんてないし、不安はもちろん常にあります。それでも「仕事が楽しい。人生が楽しい」と感じられる瞬間は圧倒的に増えたように思います。
同じ箱の中だけで自分を変えるには限界があります。
仕事を楽しみたいと心から願った僕が、悩んで試行錯誤した体験から考え述べたいと思います。
仕事が楽しくなくなる理由は大きく分けて4つある
仕事が楽しい・楽しくないの境界線はどこにあるのでしょうか?
会社員だった頃の僕は例に漏れず「仕事が楽しくない」と考えていました。
正確に言うと、仕事を含めた人生そのものが楽しくない、という心境でした。
インフラ関係の会社に勤めていた頃の自分の満足度をグラフ化してみると、
「とりあえず食べるだけの収入はあるけど足りてないし、それ以外は不満だらけ」
だったことに気付かされます。
10年勤めた課長職で、手取り20万円って収入面でも結構ヤバかったと改めて思いますが、理想のイメージから遠ざかるごとに当然のごとく「ままならない」不平不満は募ります。
上記4項目のバランスは人によって様々です。でもすべてが満たされるような職場はそうそうありません。
あったとしても出会える可能性は限りなく低く、それだけに転職のハードルは歳を負うごとに高くなっていくことを実感しました。
ワークライフバランスには4つの項目がある
仕事を楽しいと感じるために、個人的には先程述べた4つの項目が必要だと考えています。
- 収入(イメージする生活レベルの実現)
- 生きがい(仕事と仕事以外の時間の充実度)
- コミュニケーション(仕事における全ての人間関係)
- 社会貢献(その仕事に社会的な意義はあるか)
この4つの項目が満たされている状態を「楽しい」そうでない場合は「楽しくない」と感じることになるのではないでしょうか。
具体的な願望の例としては、
- 「月収は最低でも30万は欲しい」
- 「仕事はそこそこで趣味を充実させたい」
- 「楽しい職場で仲間と働きたい」
- 「社会に貢献できるような仕事がしたい」
これらが組み合わさったものを自分なりのバランスに当てはめることで、「仕事の充実度」を図ることが出来ます。
「収入はそこそこだけど早く帰れるから満足してる」とか「人付き合いはうまくいってないけど好きな仕事だから我慢してる」など、バランスは個人差があるでしょう。
仕事で成果を上げても、人間関係が良好でも、趣味が超充実していても、社会的に意義のある仕事であっても、そのバランスが崩れてはダメなんです。
「収入は平均以上、働く時間は平均以下。付き合う人との関係は良好で、それでいて誰かのためになっている」
こんな仕事が僕の理想です。
かなりわがままなことを言っていると思いますが、事実として、そのバランスを上手く保っている人が一定数いる以上、実現は不可能なことではないと思っています。
僕の残りの人生はそれを実現するためだけにあると信じています。
楽しくない本当の原因は、自分の人生を自分で選べないこと
政府による「働き方改革」が推進される昨今、ワークライフバランスという定義が広まりました。
「仕事と生活の調和」と訳され、「国民一人ひとりがやりがいや充実感を持ちながら働き、仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域生活などにおいても、子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて多様な生き方が選択・実現できる」ことを指す
引用:Wikipedia
回りくどい言い回しですが、つまり、
[box04 title=”ワークライフバランスとは”]
- 生活の充実によって仕事が捗る
- 仕事が捗ることでブライベートも潤う
[/box04]
こういうことなんですが、「国民一人ひとりがやりがいや充実感を持ち」の部分はいつまで経っても解消される気配がありません。というか、国や政府に期待するのは現実的に考えて無駄なので文句をいうだけ無駄ですね。
世界5位の広告会社「電通」社員の過労死・自殺の悲痛なニュースを見るたび僕たちは、「いくらお金を稼いだところで幸せになれるわけじゃない」という事実を間接的に知っていますし、
満員電車に乗らなくても済む職場があればそちらに通いたいと願うのは至極当たり前のこと。もし選べるのであれば、です。
働き方改革のお陰で残業時間が減って早く帰れるようになった。でも給料が下がった。家に持ち帰って仕事している。この流れなんだかなぁ、と思います。
トレードオフの内容さえ自分で選べない。
自分の人生の設計図を書くペンが、誰かの手に握られているなんて、普通に考えて嫌じゃないですか。
「なんで…」という不満や違和感を抱えながらも、“我慢”して仕事に臨む。結果、人生の中で楽しめない時間が圧倒的に増えていく。
それで仕事を楽しいと、一度きりの人生を心から楽しいと感じることができるはずがありません。
せっかく旅行に行くのなら、決められたルートで無理やり進まされる社員旅行より、自分で目的地やゴールを選びたいものです。
僕は誰かのせいにする他己責任よりも、自己責任によって人生は充実すると考えます。
社長から学んだ「社会人なら我慢しろ」の本当の意味
「大人なんだから」
「社会人なんだから我慢しろ」
「仕事は辛くて当然」
こんな言葉が日々飛び交う環境に、「そうだよな…」と半ば無理やり納得している人は多いのではないでしょうか?
でもそれ、おかしいです。
その言葉を吐いた人は実は、
「俺もみんなも我慢してるんだからお前も我慢しろ」
と言っています。
飲食店→日雇い労働者→営業の管理職という転職経験で、どこに行っても同じことを言う人がいました。
それぞれ全く畑違いだったので色々と勉強になりましたが、個人的には接客サービスの仕事が一番楽しいと感じました。
サービスに対して、感謝のレスポンスがダイレクトに伝わってくるからです。おまけに、サービス業は、過酷な労働環境でも人材を確保するために、社員教育や評価制度作りも力の入れ方が他の業界とはレベルが違います。
その代わり拘束時間は平均15時間ほどで、自由な時間はごくごくわずかなもので、体重は入社時より20kgほど落ち、身体に変調を来たして退職しました。
特性の異なる職場で働いてみて思ったのは、どこも一長一短で、先に述べた4項目を全て満たす環境は無い、という結論です。
ちなみにサービス残業だけで100時間超え・休日出勤あり・パワハラありのパンチの効いた職場で働いていたこともありますが、不思議と慣れます。
「ブラック企業」「社畜」「パワハラされた」と自嘲し愚痴を漏らすことで傷を舐め合い、自分を騙すことでそれが可能になります。
が、自ら進んでその道を選んでない「やらされマインド」だと確実にメンタルがやられますし、ただ辛いだけで成長しません。
僕の場合、生活に欠かせないインフラを提供するという社会的意義の高い業種ながら、「人としてそれはやっちゃだめだろ案件」の多さに心を病みました。
管理職だからやらねば、という義務感からそれを機械的に処理する日々に僕は次第に無気力になりました。
オンラインゲームにはまったり、趣味を充実させようとしたりもしましたが、現実逃避しても満たされないのは、それ以外で崩れたバランスを立て直すことが出来なかったからだと思います。
自社を離れるお客さんとの裁判沙汰が増えてきた頃、僕は自分の感覚の麻痺に気づきました。
そして「このままじゃダメだ」と危機感を抱いて別の生き方を模索し始めました。
中小企業、特に同族経営の会社なんかは労働基準法なんて存在しないかのような振る舞いをすることが多々あります。労基に駆け込む方がおかしいという狂った価値観が普通の世界でした。
僕は当時働いていた会社の社長から、
「俺も我慢してるんだからお前も我慢しろよ!」
という言葉を何度も言われました。
正直この言葉でどれほど改善案が握りつぶされたか数え切れません。逆に、社長になってもこんなに不自由ならこの人は何のために社長をやっているんだろう、と疑問に思ったほどです。
両親に気を揉みながら休み無く働き、接待やゴルフで身体を壊している社長の姿から、僕は「この道の先に幸せのビジョンは無いな」と感じました。
人生で3回転職→独立してわかった自分の生き方
どうにか自分で自分の人生をコントロールすることは出来ないか、方法を探しまくった結果、僕はネットビジネスに出会いました。
今の時代はブログで収入を得ることが可能という認識は確実に広まりつつあります。
やがて副業でブログを始め、1年掛けて収入を得る方法を確率できました。そうしてブログからの収入が会社の給料を上回ったことで、僕は独立の道を選びました。
ひたすら我慢し続けて一生を終えることに疑問を抱いてしまってからは、もうそれを乗り越えることしか頭にありません。
後押ししたのは、「誰も叶えてくれないなら自分でやるしかない」という覚悟と、既に自分で人生をコントロールしている先輩たちの存在でした。
もちろん会社員に比べて収入は不安定になるし、社会保障やローン審査など信用問題の観点から言うと会社員に劣ります。
それでも、最後に悪あがきして駄目だったら会社員を続けようと思いました。
会社という箱の中だけで自分を変えたところで、状況は大して変わらないからです。
確実に言えることは、インターネットを利用したネットビジネスは、時と場所の制約から人を解放するということ。そして始める初期投資もほとんどかからないということ。
誰かのせいで自分の人生が失敗するよりも、自分のせいで失敗したほうが諦めがつくじゃないですか。
働き方改革は待っていても来るかどうかわかりませんが、少なくとも今の時代は自分自身の力と決意で自己改革を実現できる時代です。
どうしても仕事が楽しめない、未来が見えない人は、試しに一度チャレンジしてみるのもいいかもしれません。
コメント