Kazのプロフィール

数あるブログの中から、このページを開いて下さりありがとうございます。

kaz(@Resuming_life)です。

 

僕は1983年生まれのAB型。北海道生まれ北海道育ち。好きなものはカメラとコーヒー。毎日、娘と一緒に入る夕方の風呂タイムが日課。最近は家から出ない引きこもり生活を満喫しています。

やりたいこともなく、何となく生きてしまった人生。何をやっても三日坊主。逃げてばっかりで自分ダメだな…と反省した回数はもはや数え切れませんが、

平凡な会社員だった僕が、全く未経験だった副業ブログの収益化にチャレンジして、実践から1年でまさかの月収100万円を突破して文字通り人生は激変。

今まで知ったどんな人生の格言よりも、自分の身に起こった強烈な体験こそが、

「どんな時でも、どんな人にでも、変わるチャンスはある」

ということを教えてくれました。

僕が今楽しいと感じているのは、「短期的に稼ぐ」ではなく、「長期的に稼ぎ続けながら、仕事と生活をしなやかにバランスさせる」日々のライフスタイルの追求です。

副業時代に試行錯誤した時間創出のノウハウや、継続するためのメンタリティを高める思考法など、会社員時代に苦労した知見をもとに、

  • 副業で実践できる「知識・経験ゼロ」からの収益ブログの作り方
  • ブログの広告運用と収益化のアドバイス

これからブログで自分だけの収入を得たい、という人や、なかなかブログで成果が出ないという方へ向けてのサポートをしています。

仕事から逃げてばかりだった僕がどうやって「自分だけのシゴト場と武器」を手に入れることができたのか。

なぜ、「しょぼい人生」まっしぐらだった僕の人生がたった1年で激変したのか?

その裏話を少しお話させて下さい。

僕がこのブログを通じて伝えたいこと

星を掴む男性

僕がこのブログを通じて伝えたいことは、たった一つ。

それは、

「嫌な仕事からの正しい逃げ方」です。

 

いきなり情けない話だな…

そう思われましたか?

でも、僕は「逃げ方」ってすごく重要だと思っていて。

なぜなら、これまで何も考えずに、なんとなく自分の人生から逃げてきたおかげで、僕は「そこそこ以下」で我慢だらけの人生を送る羽目になったからです。

 

「逃げる」というフレーズが苦手な人は「離れる」や「距離を置く」と言い換えてポジティブなイメージを与える方法も良いのかもしれません。

でも、

そんな小手先の「ことばのあや」で本当に今の状況が好転しましたか?

僕はそうは思いません。

だって、

「僕は逃げたわけじゃない、離れたんだ」

と言い聞かせても、目の前の景色は何も変わらなかったからです。根本的な嗜好や環境を変えない限り、言葉だけではそう簡単に変わらない。変われない。

「より良い職場に転職する」ことに疲れていた僕は、ある時、「ままならない環境」から逃げる方法にそもそもの問題があるんじゃないか?と考えました。

 

そうして探して試していくうちに辿り着いたのが、

「自分のシゴト場を作って、ついでに武器も手に入れる逃げ方」

でした。

 

僕はこれまで、30代なかばになっても「会社の看板」が無ければ自力で1円も稼ぐことのできない、「安定」という言葉が大好きな平凡な人間でした。

そんな僕でも、会社以外からの収入が給料の額を超えるだけの収入源を構築できて、今はそのシゴトだけで自分と家族を養うようになったきっかけは、

「嫌な仕事から逃げたかったから」

という超ネガティブな動機です。

ただ、逃げるために様々な計画を練り、1年前から準備を進めていたことで、結果的にその逃げは成功しました。僕は今もこれからも、「嫌な仕事」から逃げるでしょう。

 

自分の時間を切り売りしなくても自分の力でお金を稼ぐことが出来る力というのは、生きていく上で経済的な強みになるだけでなく、様々な束縛から開放されます。

例えば、実家から、一人暮らしを始めたときの、あのドキドキ感。

何もわからなくて不安だったり寂しさはもちろんあるけど、責任や孤独と引き換えに得られる自由と万能感は何物にも代えがたい存在ですよね。

起業することはもちろん唯一解ではないし、むしろこの世の中には何一つ正解なんて無いのかもしれませんが、自分自身が納得して人生を生きる、というのが、今の僕にとって非常に大切なことだったんだなと思う次第です。

こうして誰にも束縛されることのない環境で、会社員時代の月収の何倍もの収入を得て好き勝手に働けているのも、この「正しい逃げ方」を実践しただけ。

僕が嫌な仕事から逃げた、という事実は変わりません。

が、逃げるための場所と武器を用意しておいたおかげで、その後の人生設計は180度変わり、ようやく自分の人生をリスタートできました。

 

誤解されたくないので断っておきますが、「楽して稼ぐ」「ねっころんで一日〇〇万円」といううさんくさいストーリーはこの先には一切ありません。

人生の1年間を副業ブログに命を燃やして、やっと自分の、自分だけのシゴト場と武器を作り上げたある30代の男のストーリーがあるだけです。

もしそれでも興味があるよ!って方だけ、読み進んでいただければと思います。

なんとなく生きてしまった人生。

dokuro fantasy

僕は、『大学卒業→イタリアンの飲食店→日雇アルバイト→インフラ系企業の管理職』と当ての無い転職を重ねながら「30歳過ぎても自分が何をしたいのかがわからない」まま生きてきました。

嫌なことや苦手なことはできるだけ遠ざけて、「なるべく負荷のかからない人生」を歩んで取捨選択を繰り返してきたつもりでした。

でも、それが単なる勘違いで、ただ自分が「薄給激務」のいばらの道を突き進んでいたことに気づいたのは、30代も半ばを過ぎてからです。

ゴールが明確でない僕の人生は寄り道ばかり。明確な目的に根を張って伸びていく人と差ができていくのは当然の成り行きでした。

それを僕は、

「学生時代頑張ってこなかったから、仕方ないよな。」

とか、

「元ヤンキーは根性が違う。僕とは違う。仕方ないよな」

という言い訳ばかりして、頑張らない自分を正当化することばかり上手になっていました。

 

だからと言って、

欲しい物も買えず、行きたい場所にも行けず。いつだって我慢を飲み込んで愚痴を吐き出すような、そんな毎日が報われるはずもなく。

理想や憧れの生き方なんてショーウインドウの向こう側。遠目に眺めて羨ましがるしか、この人生では術がないとも思っていたほどに、無力で無気力な自分…。

 

転職も二度ほど。飲食業→どん底アルバイト→手堅いインフラ企業と極端な振れ幅の転職でしたが、その過程を経てわかったことは、

どんな職場も“働き方のしがらみ”はついてくるんだな…」という問題。

 

僕が仕事を好きになれなかった理由は、それはもう色々あります。

  • 10年で3万円しか昇給しなかった給料
  • サービス残業、休日出勤は「社会人なんだから当たり前」
  • 面倒な会社の付き合いや接待、休日返上の社内行事
  • 上司や社長の機嫌をとり、やっと貰えるボーナス
  • 満員電車や渋滞に揉まれて通勤するストレス
  • 自分のポリシーに反する会社の指示
  • この会社で上に上がりたくない…etc

ブラック業界として名高い飲食店時代や、日雇いバイト時代を含めると、仕事への不満はいくらでも挙げられますが、キリがないのでこれくらいで。

 

僕は「そうじゃないんだよなー!!」と叫ぶくせに、それでもいつまでも文句ばっかりでその場から動こうとしない臆病者でした。

仕事上の大抵の理不尽は、「会社員なんだから当たり前だろ」で片付けられ、組合もない中小企業に属する従業員は、信じられないかもしれませんが法律より社内ルールが優先されます。

辞めたら研修費100万円払ってね、とか。契約書にハンコ押させられたり。
クレーム対応だから朝の4時に現場集合な、手当ては出せないけど!とか。

 

思い出しても震えますね。だって、

 

「会社のためなんだから当たり前だろ」ですから。

 

嫌な仕事から逃げても、働くことからは逃げられないのが僕たちです。

仕事は、生きていく上で避けられない。どこまでもついてくるもの。

 

だから、与えられた立場で仕事のやりがいを見出そうと、毎日深夜まで残業したり、会社や仕事を好きになろうとセミナーに参加して社員教育の場を開催したり、部署の雰囲気を良くしようと環境を整えたり。

管理職という立場もあって、僕は仕事環境を良くするために色々試行錯誤しましたが、それでもやっぱり仕事を好きになれなかったのは、

「給料もらうために、仕方なく働く」という考え方がどこまでも拭えなかったから。

 

しょせん、「仕事は辛くて苦しいもの」なんだと。

 

そうは言っても。

そうは言っても!です。

 

せっかくなら、“仕事”を楽しんでみたいじゃないですか。

せっかくなら、自分の好きなようにしてみたいじゃないですか。

せっかくだから、少しでも自分の足で、力で、人生の地図を歩きたいじゃないですか。

 

世の中に、楽しく働いている人達がいることを、僕らはインターネットを通じて否が応にも知らされています。

知っているからこそ、このギャップはなんなんだ!と苛立ってしまうのかもしれません。

 

逃げた先でいつも「嫌な仕事」にばったり鉢合わせて、「うわぁぁまたかよ」って冷や汗かいて、灰色の景色と、味のしない昼飯と、100円の缶コーヒーが友達の日常に連れ戻されるよりも、

“仕事”と仲良くハイタッチして楽しめる人生が送れたらな、と願うことは、決して贅沢な願いではないはずです。

maze

このままじゃ、ずっと「このまま」だ。

現実問題、必ずしも転職=キャリアアップとはならない。

でも、逃げることからも逃げたら、心と体が潰れてしまうかもしれない。

逃げなければならない。でも、逃げた先でうまくいくとは限らない、という葛藤。

現実逃避と思考停止というカンフル剤で感覚を麻痺させていた僕でしたが、“逃げられなくなった大人たち”の姿に、未来の自分を重ねて怯えていました。

 

病気をして以来仕事がうまくいかず、転落に転落を重ねて平社員にまで落とされ、挙げ句元部下だった上司に鬼のように詰められ鬱になった元幹部。

「お前も頑張れば俺くらいの年収になるよ」と言ってくれた尊敬する上司は、「財布の中200円しかないwやばいww」と自虐して僕の希望を削り取っていきました。

「人生の中に仕事があるんじゃない!仕事の中に人生があるんだぞ!」そう語る社長は、「私ほど仕事してる人間はこの会社にいない」を自負に血眼になって連勤を自慢する始末。

 

僕よりずっと前に進んでいるはずの人生の先輩たちは、どう見ても仕事で苦しんでいる。

「仕事は辛いもの」という原理原則に従って歯を食いしばって耐える姿を、憧れの目で見たことは正直一度もありません。

 

じゃあ、楽しんで仕事をしている人たちは、なんなんだろう?…と考えようとしても、「どうせ自分には関係ない世界の話だ」と切り捨てて「現実を見ろ」と我に返るのがお決まりのパターン。

 

でも、本当に、そうなのか?

仕事を楽しむには、何か秘密があるんじゃないの?

このままじゃ僕は、ずっとこのままなんじゃないのか?

 

悩める35歳の僕は、ふとそう思いました。

何かを変えなければならない。

遅すぎる決断かもしれない。

それでもやっと自分が「このままじゃ終われない」という気持ちを持っていることに気づけた。

 

とはいえ、

それまで「起業して自分で会社をつくろうとか」考えたことのない僕。

そんな僕が今こうして独立起業したのは、「思いっきり環境を変えたこと」がきっかけだったんです。

電球を引きずる男の子

最初は、ただ「おこづかい」ほしさに。

副業で収入を増やせないか。

 

家族が増えてどんどん厳しくなっていく家計の足しにしようと(あと欲しかったカメラを買うために)僕は給料以外に収入を得る方法を模索し始めました。

 

思えば、これが僕の人生の転機。なんともちっぽけな動機です。

会社で出世して課長になっても、いくら残業を増やして深夜の2時まで頑張ってみても、「10年で3万円」しか給料が上がらない会社に収入UPを頼るのはどう考えても効率が悪い。

文句を言っても始まらないなら、具体的な行動に移すしかないですよね。

 

ただ、内職や株式投資、FX、せどり、ブログ、自己アフィリなどいろいろある副業。どれが収入UPの最適解なのかがわかりません。

とりあえずお試しで自己アフィリをやってみましたが、把握しきれないほどのクレジットカードを作ってしまいエライことになりました。稼げたのは8万円程度。

そうは言っても8万円!

稼げたことに嬉しくなった僕は、他の方法を探す前に、自分の求める条件を並べてみたんです。

  • 在宅で
  • ローリスクで
  • 会社員を続けながら
  • 資産として残るような
  • 自分のスキルも磨けるような
  • そんでもって大きく稼げるかもしれない
  • あわよくばそれで自分の仕事にできるかもしれない…

 

「ねーよww」

自分でも思いました。すいません。

でも、諦めずにリサーチを続けていると、こんな無茶苦茶わがままな僕の欲求を満たしてくれるかもしれない副業が、

「もしかしてブログってそれなんじゃない?」

と思えたんですよね。

 

実際、ネットやSNSでは、ブログで収入を得ることで生活している人や、1ヶ月で僕の年収を稼いでる人が少なからずいて、僕の心は強く動かされました。

悩んでも答えは出なかったので、僕はまず独学でワードプレスのブログを立ち上げることにしました。

 

文章作成については、これまで社内文書や会議資料、取引先や弁護士とのやり取りの経験もあったので、まあ苦手ではないかな、という程度の自信はありました。

ただ、MixiやFacebookで短い文章しか書いたことはないし、あとは中学時代、中二病全開のファンタジー小説を書いていたくらい…。

そんな中途半端なスキルでいいのかいな?という期待と不安。

 

ここで問題が起こります。

 

ブログを立ち上げたは良いものの、

どれが副業で稼ぐのに適したブログネタなのか、どう書けば良いのか、提携広告の審査の通し方、魅力的なタイトル、検索されるキーワードは、広告配置は、画像の引用は…

 

 

…これ無理かも。

 

やっとエンジンが掛かったのに、ブログの世界はわからないことだらけで、早くも挫折しそうな自分がいました。

ネット上には「ブログで〇〇万円!」という情報で溢れかえっています。みんな凄そうに見えるし、凄すぎて声掛けられない人も数え切れないほどに。

 

そしてそれを選び取る基準を持ち合わせていない初心者の僕。

だから、どれが正しくてどれが自分に合っているか、どんな方法が最短で成果を出せるのかを知るためには、

「知ってる人から教わるのが一番早い」

これでした。

 

が。

顔の見えないインターネットの世界で、『信じられる人』を見つける難しさは、合コンで大好きな子を振り向かせるくらい難しいと思っていたので笑

僕はとりあえず既に実績を出しているブログ実践者のメルマガを読み漁りました。

 

そこで重要だったのは、短期的に「稼いだ」よりも「稼いだ後の人生の過ごし方」を軸にしている人のリサーチ。

人間性を知るには、その人の言葉や生き方、お金の使い方に注目してみると、目に見えない「ポリシー」が浮かび上がってくるんですよね。

 

僕はそうして見つけた1人の「信頼できそうな発信者」のメールマガジンに迷わず登録し、送られてくるメッセージ一つ一つにコメントを返信しました。

驚いたのは、その一つ一つに返信があったこと。それも、事務的やテンプレ感のない、人としての温かみを感じる返事の一つ一つに、僕はすっかりその人のファンになっていました。

 

そしてすぐさまその人にダメ元でコンサルを申し込み、「今は募集期間じゃないけど、特別に」と了承のメッセージをもらった朝の通勤時の車内で、

僕は嬉しさのあまり半べそかきました。

正直大学に合格した時も、就職が決まったときでさえ、それほど喜べなかった僕ですが、周りに合わせるわけじゃなく、

自分で自分の道を切り開く第一歩のチャンスが与えられた!

そう実感した瞬間はこれまでの人生で初めての体験でした。

そんな「貯金をはたいてでも教わりたかったコンサルタント」と出会うことで、僕は副業のブログで成果を出すために本当に最短のルートで、最大限の努力を惜しまない環境を手に入れることができたんです。

ブログが簡単に稼げるなんて嘘?

冒頭でも述べたとおり、副業でのブログ収益化は簡単ではありませんでした。

でも、

この辛く苦しい日常から抜け出すためならなんだってできるはずだ。

この10年間を耐えてきた自分のパワーって実は凄いはずだろう?そんな根拠のない自信で自分を昂ぶらせながら、僕はブログをはじめました。

そしてどうせやるなら、

  • 1年後に月収100万円を稼ぎたい
  • 1年後に会社を辞めて独立したい

こんな目標が達成できたら、自分に自信が持てるようになるんじゃないかと思うような大きな目標をたずさえて。

これが出来たら自分は変われるような気がする。

根っこにあったのは、そんな“願い”でした。

 

ただし、中間管理職として、8時〜22時がデフォルトの仕事を終えた後のブログの執筆作業は、決して楽な道のりだったとは言えません。

1年間、私生活は全てブログに捧げる覚悟が必要でした。

大体この頃の睡眠時間は毎日3〜4時間。赤ん坊が生まれてから、深夜の3時頃に執筆を終えて夜泣きのタイミングにぶつかったときは、一睡もせずに会社に出社しました(当然使い物になりませんでした)。

出勤時もルートを回る時も常につきまとう居眠り運転の危機。
ボールペンを脚に刺して地獄のような眠気と戦う毎週の会議。
なんなら会社のトイレでちょっと寝てました。

とにかくあの頃の敵は、なんと言っても睡魔。

 

でも、辛いとかブログ辞めようかなって、不思議と一度も思わなかったんですよ。

この1年間くらい頑張れないと、きっと一生後悔するだろうな。

そんな思いがずっと。

 

だから日中はフルタイムで働き、副業で毎日4時間前後の作業時間を確保してブログ記事を作成する。もう僕にとってはこっちが本業のつもりでした。

ゲームやアルコール、趣味も全て封印した代わりに、どんなネタを書こうか、どんなキーワードで、タイトルは、ライバルは・・・と、

平日も休みの日も誕生日も結婚記念日も社員旅行も実家の帰省時も全てブログブログブログ…

その結果、最初の2ヶ月間は収入は、

 

なんと・・・0円。

 

ぐぬぬ…って思います。そりゃあ。

カラフルにジャンプ

いつの間にか出来ていた僕の“秘密基地”

幸いなことに僕は、ブログで収益を得るにはある程度時間がかかることを教わっていました。

それに、会社に10年働いて3万円しか給料は増えないのに、3ヶ月で10万円稼げたらそれはそれで都合良すぎだよね…、とも思ってましたし。

 

それでも、メンターという「ノウハウとマインド」両面をサポートしてくれる存在がいるだけで、「こっちで合ってるよ」という灯りを頼りに進むことが出来ました。

どんなコンテンツなら検索で上位を取れるか。
サイトのデザインはどうしたら見やすくなるか。
広告の配置はどこが最適か。
検索者の視点を持つにはどうしたらよいか。

とにかくアクセスを伸ばすための方法をメンターに質問を重ね、目標を共有して、励まされ、仮設と検証を繰り返して精度を上げていく。

抜け道や裏道なんて都合の良いものはありません。それこそ、結果出している人の側に行く、というのが一番の近道です。

 

そうしてやがて収益は3万円、5万円と徐々に増えていきました。

ブログ立ち上げから月収10万円を超えるまでに要した期間は8ヶ月。翌9ヶ月目には会社の給料を超えました。

僕はこの時ついに、会社の収入以外で自分の「逃げ場」と「武器」の両方を手に入れることができました。

 

ド素人がたった9ヶ月で、10年働いた会社の給料を超えるってどう考えても辻褄が合わないんですが、そんな“したたかな生き方”を可能にするのも、ネットビジネスの面白いところだと実感した瞬間でもあります。

 

僕は生まれて初めて「誰にも雇われずに、自分の力でお金を稼ぐことが出来た」という事実を噛み締めました。

やれば出来るじゃないか!

ちっぽけな事かもしれませんが、僕にとっては大きな自信になりました。

 

さらに、この「逃げ」を「確実な撤退」に仕上げたくなった僕は、会社を辞めて独立を決意します。

会社に退職の意向を伝えると当然辞表を拒否され、引き止められましたが、

『辞表なんてメールで良い』

というホリエモンの本で読んだ内容をそのまま実践する暴挙の果てに、散々怒られながらも受理されるという冒険もしました。

そうして僕は、元の自分の居場所に引き返さないために退路を断ち、自分が本当に進みたい道だけに専念出来る環境を整えていきました。

 

ブログを始めてからちょうど1年。

僕のブログは月収100万円を超え、念願通り独立の道を自らの意思で選ぶことが出来ました。

2018年11月 副業でブログスタート
2019年3月   月収5万円
2019年6月   月収12万円
2019年7月   月収42万円
2019年11月 月収141万円
2020年12月 月収112万円

逃げるなら、自分だけのシゴト場へ。武器を忘れずに。

僕は何一つ特別なことはない、その辺にいるその他大勢の中のひとりでした。

もっと言えば、小学校の夢は「サラリーマン」だったし、学生時代部活で大会に出場したこともない「自作小説好きなアニメとゲームオタクの根暗少年」でした。高校時代は12お人中113番目という出来の悪い学生ですらありました。

誰だって、叶えたいこと、本当はやりたいけど我慢していることがあるはずです。

ブログは、居場所にも武器になります。厳密に言うと、「文字を書いて情報を発信すること」と言うべきでしょうか。

僕が思う「正しい逃げ方」は、

  • 逃げながら逃げ場所をつくる
  • 逃げながら武器を手に入れる
  • 逃げながらゴールをさがす
  • 一度逃げたら最後までちゃんと逃げる

大きく分けてこの4つの手順を踏まえること。

もっとわかりやすく言うと、

  • 逃げながら=会社員を続けながら
  • 武器=SEOライティング、広告運用、WEB集客スキル、コンテンツ制作
  • 居場所=雇われなくても自分や家族を食わせていける環境
  • ゴール=理想の生活、生き方。なりたい自分のイメージ
  • 最後まで逃げる=「いまの自分」から日々アップデートを続ける

こんな具合です。

「アクセスを稼ぐ=人を集める」スキルですし、自分でブログを立ち上げたり、情報を発信したり設計・デザインすることもできるようになる。その方法を人に教えることでもサービスは成立します。

向いてるとか向いてないとか、そんなのやってみなきゃわからない。

「どうせ出来ないだろう」っていう考えは一回置いておいて、まずやってみる。そこがスタートラインです。

もちろん最初はみんな初心者ですし、右も左もわからなくて当たり前。そしてやると決めたら、ダラダラ3年じゃなく、1年くらい集中してやってみる。

そうして得られるまったく新しい収入源とともに会社員を続けてもいいし、僕みたいに「やってみたい」という動機だけでフリーランスに挑戦するのもいいと思います。組織に属するかどうかは、大きな問題ではありません。

要は、自分が望む方向へ、人生の舵を切れるか。その権利を手にしているかどうかが大事なんじゃないでしょうか?

 

たった1年でこんなに人生が激変するなら、頑張れない理由ってないです。

憧れに一歩でも近づけるなら、どんな我慢もできるし努力もする。というか、努力とか我慢ていう感覚すらない「楽しい」がシゴトになったら、それってスゴイことだと思います。

これを読んだあなたが、小さな一歩を踏み出せるような勇気を持てたなら。

少しでも自分の人生をやり直すために頑張りたいと願われるなら、僕は持てる力を総動員してあなたをサポートするし、同じ未来を見据える仲間として共に歩んでいきたいと思っています。